人は誰しも何かしらのコンプレックスを抱えていると思う。
生まれつき持ったもので自分では変えられないものもたくさんある。
身長、顔、体格、性格、髪質、運動神経……などなど枚挙にいとまがない。
それでも人は生きていく。
もちろん俺にもコンプレックスはたくさんあった。
俺は肩幅が広く、顔も濃くて、いわゆる「The・男」という感じの見た目だ。
昔好きな子が「中性的な男の人がタイプ」と聞いて
「なんで俺はこんな風なんだ……」
と思ったこともある。
そんな俺がどうやってコンプレックスを解消したのか。
……いや、正確には違う。
コンプレックスを消したわけではない。自分を受け入れられるようになった。
今回は俺がそこに至るまでにやってきたことを書いていこうと思う。
ちなみに整形云々の話はしない。
本を読む

いきなりだが、皆さんは日本国民の上位数パーセントに入るような特技があるだろうか。
俺にはなかった。
何もなかった。
「俺にはこれがある」と胸を張って言えるものがなかった。
そんな俺でも、比較的簡単に「自分はちょっと頑張ってる側なんじゃないか」と思える方法があった。
それが本を読むことだった。
俺の場合は、月5冊を目標にした。本を5冊以上読むのは日本の上位6パーセントという話を聞いたのだ。
すると不思議なもので、
「月に5冊も本を読んでいる俺、結構すごくね?」
と思えるようになった。
もちろん本を読むことで知識が増えることも自分の自信につながる。
でも、俺にとってもっと大きかったのは、
「自分で決めたことを継続できている」
という事実だった。
俺は単純なので、
「ふふん、俺は日本国民の上位数パーセントなんだぞ」
とくだらないことで簡単に自信がついた。
でもこういうくだらない自信って案外馬鹿にできない。
自分の中に「俺はこれができる」という小さな実績を増やしていく。
それだけでも人間は少しずつ変わっていく。
筋トレ

めちゃくちゃありきたりである。
みんな口を揃えて「筋トレをすると自信がつく」と言う。
でも王道にして覇道だ。
みんなが口にするのには、それなりの理由がある。
実際にやってみれば分かる。
自分の努力によって、目に見えて体が変化していく。
そして昨日まで持てなかった重量が持てるようになる。
過去の自分を今の自分が明確に超えている。
これがめちゃくちゃ楽しい。
俺は別にジムに行けとは言わない。
俺も行っていない。
Amazonでダンベルとベンチを買って、家で黙々と筋トレするだけでもいい。
大事なのは、
「自分の努力によって、自分自身が変わった」
という実感だと思う。
コンプレックスって自分ではどうにもならない部分を延々と気にしてしまうことでもある。
だったら自分の努力で変えられる部分を一つずつ増やしていけばいい。
そうするといつの間にか「変えられない部分」ばかりを考えなくなっていく。
日記をつける

ここまで来ると胡散臭い自己啓発系の本に書いてあることと、ほぼ同じである。
自覚はしている。
でも効果があったのだから仕方がない。
日記に何を書くのか。
正直、なんでもいい。
モヤモヤしたこと。
その日よかったこと。
感謝すること。
目標。
腹が立ったこと。
なんでもいい。
あとから自分で読める字なら、殴り書きでもいい。
なぜ日記を書くといいのか。
俺は人間にとって「感情を吐き出す」という行為がかなり大事なんじゃないかと思っている。
頭の中だけで考えていると感情と事実がごちゃ混ぜになる。
でもそれを文字にして外へ出してみる。
すると自分の感情を少し客観的に見られるようになる。
「あれ? 俺こんな小さいことで悩んでたのか」
とか
「え? これ別に悩むほどのことじゃなくね?」
と思うこともある。
もちろん、そう簡単に割り切れない悩みの方が多い。
それでも頭の中だけでぐるぐる考え続けるよりはいい。
とにかく頭がスッキリする。
そして少しだけ前向きになれる。
だから俺は日記をおすすめしたい。
没頭できるものを作る

これもありきたりである。
でも結局使い古された言葉に帰結するのは、それが本当に効果のある意味のあることだからなのだろう。
筋トレや読書をそのまま「没頭できるもの」にできるならそれでいい。
ちなみに俺は筋トレも読書もしていたが、習慣化していくうちに歯磨きと同じようなものになっていった。
もちろん悪いことではない。
ただ、「没頭する」という意味では少し違った。
そこで俺が没頭したもの。
それは、
ゲームだった。
本当にただのゲームである。
当時で言えばポケモン剣盾の対戦。
努力値をどう振るか。
技構成をどうするか。
このポケモンには何が刺さるのか。
次は誰を育成しようか。
そんなことを延々と考えていると、余計なことを考えなくなった。
今はリーグ・オブ・レジェンドをやっているが、これも考えることが多くて楽しい。
「ゲームなんかしてないで現実を見ろ」と言われそうだが俺はそうは思わない。
もちろん何もかもゲームだけになってしまうのは別の話だ。
でも人間には何も考えずにいると、余計なことまで考えてしまう時間がある。
その時間を自分が夢中になれるものに使う。
それだけでもかなり違う。
簡単に言えば、
考える時間が多すぎるなら、考える対象を変えてしまえ。
ということだ。
ちゃんと寝る

シンプル。
ちゃんと寝てください。
睡眠不足だとイライラする。
ネガティブになる。
判断力も落ちる。
そして、なんとなく見た目まで劣化する。
いいことがない。
最低でも7時間くらいは寝よう。
「そんな簡単なことで変わるのか?」と思うかもしれない。
でも、こういう当たり前のことが結局一番大事だったりする。
自己暗示

これは若干怪しい方法ではある。
でも俺にとってはめちゃくちゃ効果があった。
寝る前に
「俺は素晴らしい人間だ」
と思って眠る。
そして起きたら、
「俺という素晴らしい人間が目覚めた。すなわち、それが世界の目覚め」
と思う。
……これだけ見るとめちゃくちゃくだらない。
俺も書いていてそう思う。
でも意外と効果がある。
いやほんとだって。
マジで一回やってみてほしい。
人間自分で自分にかける言葉って結構大事だと思う。
毎日
「俺はダメだ」
「俺なんか……」
と言っている人間と
「俺結構やるじゃん」
と言っている人間。
どちらの方が自信を持てるかなんて、考えるまでもない。
だったら自分くらい、自分の味方をしてやればいい。
歳を重ねる

これは努力ではどうにもならない。
しかし同時に誰でも確実にできることでもある。
歳を重ねると若い頃の悩みを振り返って、
「なんであんなことで悩んでたんだろうなあ」
と思うことがある。
もちろん当時は本気で悩んでいた。
だからその悩みを「くだらない」と笑うつもりはない。
ただ人間は時間が経つだけでも変わる。
価値観も変わる。
見える景色も変わる。
だから今コンプレックスで悩んでいる人には、
「いつかこの悩みも、笑って思い返せる日が来るかもしれない」
ということだけ、頭の片隅に置いておいてほしい。
番外編

これはおすすめの方法ではない。
むしろ絶対に自分からやらないでほしい。
ただ俺の人生において、自分の価値観を大きく変えた出来事だった。
俺は元々、冷笑系のネガティブコンプレックスマンだった。
そんな俺の脳みその回路が、組み替わるような出来事が起きた。
それは、
死
である。
よく言う。
「死を思え」
メメント・モリ。
人は常に死と隣り合わせで、いつか死ぬ。
時には理不尽に、唐突に人生を奪われることもある。
言われてみれば誰だって分かることだ。
でも俺はそれを頭ではなく体で理解することになった。
当時働いていた建築現場で、足場から落下した。
高さ7m。
落下している時周りの景色が確かにスローに見えた。
実際には長くても3秒とかだったのだろう。
でも俺には、とても長く感じられた。
そして気づいた時俺は地面に横たわっていた。
不思議なことに、その時は痛みがなかった。
ただ立ち上がることができなかった。
全身に力が入らなかった。
結果的には踵の粉砕骨折だけで済んだ。
そこから手術、入院、リハビリ。
そんな時間を過ごしていく中で、俺はこう思うようになった。
「今までの俺は、あの時に死んだんだ」
そこから俺はその仕事を辞めた。
家を出た。
そして、自分の人生を自分の力で変えていく方向へ進み始めた。
それまでの俺は、川の流れにただ流されていただけだった。
でも、そこから少しずつ、自分で進む方向を決めるようになった。
筋トレを始めた。
本を読んだ。
自分について考えるようになった。
そうしているうちに、コンプレックスについて考える時間が少しずつ減っていった。
そして今の俺がいる。
もちろん、悩んでいる人に、
「一回死にかけてみろ」
なんて口が裂けても言えない。
絶対におすすめしない。
ただ、あの出来事が俺にとって、人生や自分自身について考える大きなきっかけになったこともまた事実だった。
終わりに

いかがだっただろうか。
コンプレックスとは、たぶん一生自分につきまとうものだ。
変えられないものもある。
どれだけ努力しても、どうにもならないこともある。
でも自分の考え方や習慣は変えられる。
そして作り上げてきた自信が、いつの間にかそのコンプレックスを越えていくこともある。
それにそのコンプレックス自体が、実はあなたという人間のかけがえのない特性なのかもしれない。
……とはいえ、
「他人から見たらいいところですよ」
なんて言われても、コンプレックスはコンプレックスだ。
そこは綺麗事では片付かない。
だから俺が一番大事だと思うのは、
変化ではなく、受容だ。
自分を変えるために何かをするのではない。
自分を受容するために、何かをする。
本を読む。
筋トレをする。
日記を書く。
ゲームに没頭する。
ちゃんと寝る。
自分に「俺は素晴らしい」と言ってやる。
そうやって少しずつ、自分の中に「俺はこれでいい」というものを作っていく。
そして不思議なことに、
受容が変化を生むことがある。
変わろう、変わろうと必死になるのではなく、
「まあこれも俺だよな」
と思えるようになった時、人は逆に前へ進めるようになるのかもしれない。
少なくとも俺はそうだった。
コンプレックスがなくなったわけじゃない。
今でも気になるところはある。
それでも昔のように、
「なんで俺はこんななんだ」
とは、あまり思わなくなった。
それだけでも、俺にとっては十分大きな変化だった。
みんなも自分を受容できる日が来ることを祈っている。
それでは。

