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「欲しい」が「揃えなければいけない」「買わないといけない」のように集めていた物に対して、皆さんは義務感を抱いたことはあるだろうか?
今回は純粋な「欲しい」より「義務感」が勝ってしまった時の俺の行動とその気持ちとどう向き合ったかを語ろうと思う。
フィギュアを売る判断基準に迷ったり、漠然とした義務感を抱えている人がいるなら何かの変化のきっかけになれば嬉しい。

偏愛聖域です。
好きなものを通して、自分の価値観や人生を少し豊かにするきっかけを発信しています。記事を読んだ人の何かが変わるきっかけになれば嬉しいです。
フィギュアが好きだ
今でもジョジョが好きだし造形物を見る時間は好きだ。
だからこそある時ふと気づいた。俺は本当にフィギュアが欲しかったのか。それとも埋まった棚が欲しかっただけなのか。
その疑問が生まれた翌日俺は飾っていたジョジの超像可動をすべてダンボールに詰め、売却した。昔の俺なら考えられなかったことだ。なぜならそれらは間違いなく「好きで買ったもの」だったから。
しかし気づいた時には俺のコレクションは愛情ではなく惰性と強迫観念で維持されていた。今までの俺はフィギュアが届く日を楽しみにしていた。箱を開ける瞬間。手に取った時の重量感。好きなポーズを考える時間。飾った後何度も眺める時間。そこには確かな喜びがあった。
しかしいつからか変わった。予約開始を確認する。新作情報を追う。シリーズの欠けを埋める。
購入する。開封する。飾る。
新商品が発表されれば”買わなきゃいけない”が”欲しい”より先に頭に浮かぶ。気づけばフィギュアへの楽しみが、収集の義務になっていた。
詰め込まれたフィギュアは”ただそこにあるだけ”になってしまった。
当時の俺は思っていた。「フィギュアは多いほどいい」「並べた時の圧倒感こそコレクションの価値だ」と。
でも今考えると俺が欲しかったのは隙間の無い棚だった。
スカスカの棚が怖い

空白を見るたびに、「まだ足りない」「このキャラがいない」「シリーズだから揃えなければ」「このキャラはそんなに愛着がないけどこいつの横にないはおかしい」
気づけば欲しい気持ちよりも義務感が先行してしまっていた
俺を悩ませたのは好きだという気持ちには嘘偽りがなっかたところだ。嘘ではない。ジョジョが好きだ。フィギュアが好きだ。
だからこそ気づきにくかった。愛着と執着はとても似ている。「好きだから買い集める」のか。「一度手を出してしまったからやめられない」のかその境界線は意外と曖昧だった。
そして俺は自問自答の末に超像可動を手放した。
恐れていたスカスカのガラスケースと数体のフィギュア。

そこに残っていたうちの一体超像アートコレクションのジョナサン・ジョースターを見て感じた。
何もない空間で見るジョナサンは違う。いや違うのは俺の見方だ。たくさんのフィギュアを見る時よりじっくり見られるようになったのだろう。
たくさんのフィギュアに囲まれているときには気づけなかったこと。一体の存在感。造形。佇まい。俺が求めていたものは数ではなかった。空気を変える一体だ。ピントが急にあったかのように俺の好みがはっきりとした。
言いたいのはコレクタブルなフィギュアや可動フィギュアが悪いわけではないということ。ここは誤解してほしくない。俺は可動フィギュアを否定したいわけではない。実際今でも残している可動フィギュアはある。
例えばスリーゼロの髑髏の騎士がそうだ。

世界観によっては動かせること自体が価値になる。ポーズを変え劇中の一瞬を再現する楽しさも確かに存在する。
たくさん並べられたフィギュアは圧巻だとも思う。
ただ俺にとってそれは絶対ではなかった。俺が求めていたのはキャラクターをたくさん並べたり自由に動かす遊びよりも切り取られた一瞬を永遠に残したような造形だった。
超像Artジョナサン・ジョースターのレビューはこちら
これからの俺のフィギュア選び

これからは義務感ではなく自分の心が動いたものだけを迎えたい。棚を埋めるためではなく「これを所有できて幸せだ」と思えるもの。
それが俺にとってのコレクションだと思う。これは超像可動への否定ではない。過去の自分への否定でもない。
あれだけ集めた時間もそこに感じた喜びも決して偽物ではなかった。
ただいつの間にか「好きなものを集める」が「集めないことへの罪悪感」へと変わった。
もちろん集めること自体が目的なのを否定する気は無いが俺にとっては違ったようだ。
今回の決別は、自分が本当に何を求めているのかを再認識する学びとなった。
もし皆さんにも昔は心から好きだったはずなのに、いつの間にか義務のようになっているものがあるなら一度立ち止まって考えてみてもいいかもしれない。
本当に欲しいものは何なのか。
自分を突き動かすのは「義務」か「欲望」か
自分の本当の欲望を見つめ直した時今までとは違った「好き」の形が見えてくるかもしれない。
終わりに
最後まで読んでくれてありがとう。
この記事は特定の商品や楽しみ方を否定するものでなくあくまで一人の男が自分の価値観を見直した記録です。コレクションの理由や目的には正解はないと思う。
俺が手元に残しているフィギュアはまた追々紹介レビューしていくつもりですのでブックマークして待っていただけると嬉しい。

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